夏の思い出を追って
「知ってるか?」
よくある怪談の導入として、僕はいかにも何かありそうに声を潜めて話し始めた。
避暑のために訪れた、親戚の別荘に集まった従妹やはとこたち。それに家族ぐるみで付き合いのある数人の貴族の子弟たちの視線が、退屈を紛らわしてくれる期待を込めて僕に集まる。
「この屋敷には……」
「鏡の間≠チていう開かずの間があるんだろ?」
訳知り顔に、年長のはとこがかぶせるようにのたまう。
「なんだー」
一瞬停止した空気が一気に緩んでざわついた。
開かずの間なんて話はもちろんどこの古びた屋敷にも大抵ある。
だけど、今回はちょっと違う。
――ほんものの肝試しだ。
「開かずの間の鍵を手に入れた。……って言ったら、どうする?」
年少の怖いもの知らずの男子たちが目を輝かせる。
「入れるの!?」
「ええー大丈夫なの? 叱られない?」
「どこにあったの!?」
屋敷の主である伯父の書斎からこっそり持ち出したのは内緒だ。夏の休暇の最後のイベントのためにはちょっとくらい目をつむってもらおう。
そうして、僕たちは屋敷のはずれにある小部屋へと向かった。
明かり取りの窓からの薄い光に床石の模様が浮かび上がる。
細く開けた扉から薄暗い部屋の中をみんながそっと覗きこんだ。
「何がある?」
両脇は壁、正面中央には厚いカーテンが引かれている。
ただ、それだけ。がらんとした部屋には家具のひとつもない。
燭台がないので明るくはないものの、恐ろしげなものは何もなかった。
みんなはほっとしたのか「なんだ、何もないじゃん」などと声高に言いながら部屋の中に散っていく。
部屋の鍵を弄ぶ僕の隣を、友人がすっと通り抜けていった。
ふと誰かの「あれっ? このカーテン、窓じゃないんだ」という声が静かな部屋に響く。振り向くと、正面の壁のカーテンを誰かが引っ張っていた。
その時だった。
「ここで何をしている!」
鋭い声が飛んで、部屋の中の全員が身をすくめた。
廊下に伯父の姿があった。
その目には見たことがないほどの鋭い光と、焦りのようなものが浮かんでいた。
――本当にまずい場所だったのか?
そんな心配がいまさら湧いてきて、僕は慌てて部屋の中を見回す。
何人かはおろおろと辺りを見回しているだけ、残りは慌てて入口へと駆け戻ってくる。
カーテンに覆われた正面からも数人が走ってきて僕のもとへ。
そのうちの一人が、つとコースを変えた。
入り口から奥の壁まで、床には何もない。まっすぐ走ればいい。
なのに、何かを避けるように友人は「く」の字に駆けた。
何か床に躓くようなものでもあったのだろうか?かすかな違和感を抱いたものの、気のせいと言われればそれまでだった。
それよりも、僕は伯父の怒りが恐ろしくて、その顔をそっと盗み見るように見上げた。
恐ろしいものを見たかのような、凍り付いた表情がそこにあった。
「……えっ?」
「君!」
集まってきた子供たちをかき分けて、伯父は友人に詰め寄った。
彼はその場のノリで単についてきたという感じでしかなかった。何もしていない。
「なんでしょう」
面食らった様子で友人は姿勢を正す。
「君はあれが、見えるのか」
「あれ、とは?」
「何を避けた? 部屋の中心で」
みんなが首を傾げる中、友人は部屋の中央を振り返った。
なにもない、部屋の中心を。
「あの剣を、避けましたけど……」
全員が首を傾げる中、伯父は沈痛な面持ちで部屋の奥に向かい、カーテンを引き開けた。
そこは窓ではなく、一面の壁になっていて、大きな鏡がかけられていた。
中央に映るのは、部屋の中心の床に突き立つ、一振りの剣だった。
柄にはまった青い石が、暗闇の中で燦然と光を放っている。
「あれ? ない?」
「鏡の中だけ?」
口々にみんながいぶかしがる。
鏡の中にだけあって、実際の部屋には剣だけがない。
「この剣を避けたんだな?」
「はい」
当然のことのように、いぶかしげに頷いた友人の顔を、僕は覚えている。
そのあとは子供は全員部屋から追い出され、各自の親にこっぴどく叱られた。
遊びまわった末の、よくあるひと夏の避暑の思い出だ。
それから友人の姿は、町でも、学院でも見なくなった。
別荘には都から役人や司祭たちが訪れ、認定の儀式が行われたという。
しばらくのち、「勇者現る」の報が各地を駆け巡った。
年々厳しくなる魔王軍との戦況。
それを打破する可能性のある、「古の勇者の剣」を引き抜いた少年が現れたという。
「我が家の子たちが選ばれてしまうのではないかと懸念して部屋を封じてきたが、別の者が選ばれることもあるのだな」
帰りの馬車に乗り込む僕に、別れ際、伯父はそう呟いた。
かつて勇者が賜った古い別荘はひっそりと佇み、景色と一緒に背後に消えていった。
疎開を終えた僕たちは、日常へと戻った。
日々戦況は改善しているが、前線の様子は変わらず凄惨だと聞く。
いつか戦が終わった時、あの時別れたきりの友人に出会ったら……
薄寒い気がする気持ちを抱えて、日々を過ごすうち、僕はいつしか軍人になる決意を固めていた。
今は王都の会議室で日々最新の戦況を確認する日々だ。
最終決戦は近い。
恐ろしいものを恐ろしいままにしたくなくて、僕は軍議のテーブルに手をつき立ち上がった。