番外編2・時を超えたプレゼント/アロウの宝物
ある初夏の昼下がり。
アロウはある騎士家の門をくぐった。
大きな石造りの重厚な門は、その家の古い年代を感じさせる。
取次ぎの者が呼ぶまでもなく、玄関から少年が飛び出してきた。
「師匠!」
そう呼ばれてアロウは渋い顔になる。
「その呼び方やめねえか…」
「師匠は俺の人生の師匠ですから!」
「好きにしてくれ」
ニコニコ答える少年に、アロウは顔をそらす。耳がちょっと赤い。
「…で、今日は何の用だ?わざわざ指名の依頼で呼び出すとは」
「はい!見てもらいたいものがあって…こちらです」
はきはきと答えて少年は先に立って案内する。
一途なところと頑固さは変わらない。
だが、その背中からは初めて会った頃の不安定さが消え、一回り大きくなったように感じる。
子供の成長は本当に早い。
こじんまりしているが手入れの行き届いた庭園を抜けて案内されたのは、古い倉庫の一室だった。
窓から差し込む光に少し埃が舞い、古い品物特有の少しかびたにおいがする。
左の壁には何枚かの絵画が飾られ、右側の作り付け棚に収納されているのは梱包された美術品や骨とう品のようだ。
部屋の奥まったところにイーゼルが1台出され、布がかぶせられている。
「これを見てもらいたいんです。」
窓からの光に柔らかく包まれたイーゼルの布を、少年が持ち上げる。
ふわりと揺れる布の下に現れたのは、1枚の肖像画。
ラフな筆致で、1組の家族が描かれている。
アロウが息をのむ。
「…どうしてこれを」
「俺、師匠に会った後、父さんに話したんです。背が高くて髪が黒くて─剣の型が俺と一緒だったって。」
アロウを見上げる少年の視線はまっすぐだ。
「そしたらうちの親戚なんじゃないか?って。だから家系図とか、もう残ってない分家とかの記録を探して。」
そして絵の方へ視線を移す。
「そして偶然この絵を見つけました。」
絵画に描かれていたのは今となっては古風な装束で佇む男性と椅子に座る女性、そしてその腕に抱かれた子供。
男性の背は高く、髪は黒く、そして…アロウに似ている。いや、アロウに生き写しだった。
少年はじっとアロウの顔を見つめている。
「…この絵を、ご存じなんですね」
アロウはぐっと目を閉じ…何かに耐え、絞り出すように答えた。
「ああ」
アロウの表情をじっと見た少年は何か言うべきか言葉を探しているようだったが…
「お手に取っていただいて大丈夫です。ゆっくりご覧になってください。僕は応接室におりますので。」
そう言って部屋を辞した。
静かな部屋に、こつんと小さく靴の音が落ちる。
アロウは静かにイーゼルに歩み寄り、肖像画に手を伸ばす。
少し色褪せているが、肌の温かみや髪の感触も感じられるような暖かな筆致。
微笑む女性の姿に、アロウの指が手袋越しにそっと触れる。
そして彼女の腕の中の子供にも。
遠い時間の彼方となった人たちが残した思いをすくい上げるように。
部屋に言葉もなく時間が降り積もっていった。
しばらくののち、アロウは応接室を訪れた。
「…おかえりなさい、師匠」
少年は何も聞かずにアロウを部屋へ招き入れる。
生活感のある暖かい部屋に、お茶の用意がされている。
壁時計がカチコチと音を立て、廊下からは時折使用人が行き交う音がする。
アロウはふっと息をつき、そして少年に頭を下げた。
「…ありがとう」
「いえ、縁のある方に見ていただけてよかったです。」
少年は微笑んで、それからテーブルの横のマントルピースに歩み寄り、箱に収めた品物を差し出す。
「よかったらこちらを受け取ってください」
「これは?」
それは銀色のペンダントだった。
「ロケットペンダントです。中に先程の絵の複製を入れました。」
そう言ってペンダントを開く。
精緻な複製画が納められていた。
「…高価なものだろうこれは。受け取れない」
あの絵に個人的な思い入れがあるのは確かだ。
だからといって、ただで受け取る理由はない。
固辞しようとするアロウに、少年はいたずらぽく笑いかける。
「師匠。今日、お誕生日ですよね?」
「誕生日?」
思いがけない言葉に目を瞬かせるアロウ。
誕生日なんて…数えたことなどなかった。
それこそ彼女が傍にいた頃以来だ。
「そういえば…そうだったか…?」
「ふふ。」
アロウが指折り数えていると、あまりの無頓着ぶりに少年が笑う。
「どうか受け取ってください。きっとあの絵を描いた方もそう願っているでしょう。倉庫もいつでも入れるよう手配しておきます、また見に来てください。」
そう言って少年はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「今日は食事を用意していますから食べていってくださいね!あ、リルさんとフィリーさんも招いていますよ!」
「えっ!?」
アロウは驚いた。今日は旅の仲間たちには黙って出てきたのに。
「聞いてないぞ」
面食らうアロウに少年は次々と今日の予定を告げていく。
「そりゃあサプライズですから!それにこれはちゃんと依頼ですからね、依頼として俺に剣の稽古もつけてもらいます!お茶が終わったら運動ですよ!」
「おいちょっと」
「はいはい座って食べて食べて」
すっかり少年のペースに巻き込まれて、目を丸くしているアロウ。
どさくさに紛れてロケットペンダントを押しつけられた。
その時、玄関の方で呼び鈴が鳴る。
「やっほーアロウ、誕生日なんだって?」
「おいしいスイーツ食べれるって聞いたよー」
距離があるのにすでに元気な仲間たちの声が聞こえてくる。
「お前らな…」
いつものように頭を抱えるアロウだったが、その口元はほころんでいた。