第2話 遅れて来た搭乗者

東部飛行艇発着場ターミナル。
乗合馬車や自家用馬車の行き交うその広いロータリーに、一頭立ての荷馬車がのどかにぽこぽこと入ってきた。
手綱を握る中年男性の他に、荷台には小さな女の子。
10歳くらいだろうか。
くりくりカールしたセミロングの髪に大きな帽子を乗せ、腕いっぱいにリュックを抱えている。
御者の男性が馬車をターミナル玄関口につけるのも待てずに、女の子はリュックを背負って荷台を飛び降りた。
「こら、あぶない!」
御者の男性が叱るが、女の子は止まらない。
「ごめんおじさん、急ぐから!ありがと!」
「待ちなさい…!ああまた言うこと聞かないで…」
呼び止めようとしたが、少女は他にも停車しようとする馬車の間をすり抜け、玄関口目指して一目散に走って行く。
「ミラちゃーん、気をつけていくんだぞー!」
追いかけてくる御者の声にちょっとだけ振り向き、女の子ーミラは大きく手を振った。
「行ってきまーす!」
これから3日間の旅路の始まり……の、はずだった。

『ご搭乗時刻についてご案内いたします。11時30分発、西部空港行きにご搭乗の皆様は、この後3番ゲートよりご案内をいたしますー』
魔導スピーカーから流れる音声と、行き交う人々の喧騒の洪水を掻き分けるようにミラは走る。
エントランスを抜け、お土産屋の間を走り、長い階段をふうふう言いながら駆け上がりー
「先生ー!」
集合場所に見慣れた塾の講師の女性を見つけて駆け寄った。
「ミラちゃん!」
若い講師の女性もミラを見つけると走ってきた。
その顔は心配と動揺に揺れている。
「どこ行ってたの!集合時間はもうー」
「先生飛行艇!まだ出てないよね!?」
言葉を遮るように、ミラは息せき切って尋ねる。
見上げる顔は、走ってきたことと、興奮で真っ赤になっていた。
「出発まであと10分あるよね!?」
言いながらあたりを見回すと、フロアの中央に立つ時計は10時50分を指していた。
搭乗予定の飛行艇は11時ちょうどだったはずだ。
――間に合った!
「それはー」
講師は困った顔で後ろを振り返った。
そこには制服を着たスタッフが控えていた。
集合場所に現れないミラを一緒に探してもらっていたのだ。
視線を受けたスタッフは、申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ございませんが、先ほどご搭乗手続きは終わってしまいまして…」
「え…」
ミラは呆然とする。
「だ、だってまだ時間…」
ぶるぶると震え出したミラに講師は気遣わしげに説明する。
「ミラちゃん、飛行艇ってね、鉄道と違って出発時間ギリギリまで乗れるものじゃないの。だから集合時間、だいぶ早かったでしょう?」
ミラにはその説明は半分も頭に入ってこなかった。
講師はため息をついてスタッフの方へ向き直り相談を始める。
「すみませんが、他の便に振替などはできませんか?」
「あいにくお客様の行き先への便は、週一本でして…」
大人たちの会話の横で立ち尽くすミラは、ギュッとスカートを握りしめた。
「…だって。」
好きで遅れたわけじゃない。
そのスカートの端は汚れてボロボロになっていた。

ミラはまた時計を見上げる。
出発時刻はあと5分になっていた。
視線を動かせば、ゲートの向こうの大きなガラス張りの壁面の向こうに、飛行艇がまだ見えていた。
あれに乗って、合宿に行くはずだったのに…
どうにかできないの?
泣きそうになりながら辺りを見回すとー
「えっ、払い戻しもできないのか!?」
低いがよく通る声が響く。
「申し訳ございませんがー」
搭乗手続きカウンターでスタッフに詰め寄っている人達が見えた。
「あははー遅れた上に払い戻し不可。散々だねーって、いたたっ蹴らないでよ!」
「だーまーれ!」
「痛い痛いって!もー」
途中からスタッフそっちのけで足を踏んだり肘鉄で返したり。
何やら揉めている2人連れの旅行者がいた。

スタッフと話している男はその場にいる人間で一番背が高く、もう1人は少し背が低くて華奢で、髪が長い。
彼らも乗れないのは同じのようだが、深刻そうな気配はなかった。
ーもしかしてなんとかできる?
淡い期待を抱いて、ミラの足はふらふらとそちらへ吸い寄せられるように向かう。
と、背の低い方の人がふいに振り向いた。
その目が真っ直ぐこちらを向き、バチっと目が合う。

不思議な目だった。

吸い込まれるような深い緑ー
しかも、見たことがないほど綺麗な顔だった。
え、女の人??
一瞬錯覚しそうになる。
でもさっき話していた時の声はー高めだったけど男の人だったはずだ。
こんな人、今まで見たことない。
見た目と声のミスマッチにポカンとしてミラはその人を見上げる。
その間に、綺麗なその人はミラのそばに来てしゃがんで目線を合わせる。
そして視線をミラがスカートを握りしめている手に落とした。
「あれー?君、どうしたの?ボロボロだね、服も手も。大丈夫?」
「あ…」
言われて初めて思い返す。
そうだ。これのせいで集合時間に遅れた。でも。
「おい何してるー」
綺麗な人の連れの大きい人が、こちらに向かってきた。その時。
『11時ちょうど発、学園都市行き、ただいま出航いたしますー』
魔導スピーカーのアナウンスが響き、見送る人達が動き出す飛行艇に歓声を送る。
ガラスの向こうでゆっくりと飛行艇が動き出す。
普段なら心踊るその光景は、今のミラにとっては遠く灰色の景色に映った。
隣で見ている旅行者の2人は、あまり切迫感のない声でやり取りする。
「あーあ、行っちまった」
「どうしようねえ」
「どうもこうもないだろー…っておいどうした!?」
大きい男がしゃがんでこちらを覗き込んできた。
でもその顔は、涙で滲んでよく見えない。
ミラの目からポロポロと涙が溢れる。
ー終わった。
受験ために頑張ってきた日々は、これで無駄になってしまったのだ。
「う…うわあああああん!」
耐えてきた糸がぷつんと切れて、ミラはとうとう泣き出してしまった。

「ミラちゃん大丈夫!?あなたたちなにを!?」
スタッフと話していた講師が異変に気づいて走り寄ってくる。
「は?俺たちは何もしてねえよ!」
「いやーしたんじゃない?君の顔が怖かったとかさ、アロウ。」
「こんな時まで混ぜっ返すな、リル!」
再び揉め始める旅行者2人と、集まってくるスタッフや警備員。
その真ん中で、どうしたらいいかわからないミラは泣き続けるしかなかった。

ーそれが、2人との出会いだった。