第7話 南の星を目指して!

ターミナルから出る大通り、その突き当たりは街の外壁で区切られ、その門を越えると街道へと出る。
検問はなく行き来が自由化されたその門の内側で、リルは壁にもたれて魔導通信端末をいじっていた。
「情報よろしく、と…これでよし。って既読になるのはやっ」
隣に佇むクロードが尋ねる。
「彼女は元気かね」
「んー…なんか未読たくさんたまってたからたぶん元気なんじゃない?」
端末を自分の鞄にしまいながらリルは気のない返事を返した。
「…リル君。女性にはまめに返信したまえよ」
「えー、特に用事ないし面倒ー」
「あとがこわいぞ…」
クロードはぼそっとつぶやいた。
と、そこへ「お待たせしました」とアリシアがミラを伴って歩いてきた。
ミラは足取りも軽く、少し興奮気味だ。
「便利屋さんのお店、すごかった!見たことないものたくさんあった!!」
そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねている。
「通信端末もレンタルできて助かりました…リルさん。入店カードと費用の立替、ありがとうございます」
アリシアはリルに借りていたカードを渡す。
「うん、お疲れ。いい買い物できたみたいだね」
カードを受け取り、リルはミラの様子を眺める。
彼女の動きに合わせて、ふわふわとポンチョが揺れている。
冒険者用の耐久性を上げる加工が施されたものだ。
足元も編み上げブーツに履き替え、こちらは軽い履き心地となるように風魔法も付与されている。
インナーもアウトドア用の通気性・保温性能の高いものに着替え済みだ。
「道中何があるかわからないから念のため、ね。」
「初期設定とカスタムはこれでよし…と。ミラちゃん、これも持って行って」
アリシアは店でレンタルしてきた通信端末を操作してから、ミラの手を取って渡す。
「真ん中のボタンを押すと先生につながるから、いつでも連絡してちょうだい。」
ぎゅっと手を握って念を押す。
「こまったこと、不安なことなんでもいいわ。」
アリシアはこの先はついて来られないのだ。
出発の実感が湧いてきて、ミラは緊張した面持ちでアリシアを見上げる。
「…うん。ありがとう、先生。」
「わからないことがあるときは、画像を記録して送ってくれてもいいわ。ボタンはここね」
「画像?」
「風景とか、人の様子とか、なんでも記録できる最新機能よ」
そう言ってアリシアは端末をミラに向かって構え、本体横のボタンを押す。
かしゃりと音がして、端末表面に画像が表示される。
「ほら」
「…私がいる!」
そこには朝、鏡で見たような自分が大通りを背景に記録されている。
「すごい!」
「ああー最新型っていいわね…私も欲しくなっちゃった」
かしゃかしゃと大通りの様子を記録し始めるミラの横でアリシアがため息をつく。
平凡な会社員であるアリシアには文字情報をやり取りする端末ですら高価で、今回の合宿に際しては塾から貸与されたものを使用している。
画像記録が可能な最新型など夢の機器だった。
「最新機器でしたらもう一つございますよ」
後ろからメアリの笑みを含んだ声が響く。

別行動していたメアリがいつの間にか戻ってきていた。
腕には鞄と一緒に小さな箱を抱えている。
ミラの前にかがむと、メアリはその箱を開けてみせた。
紺色の布が敷かれた上に、銀色の腕時計が一つ。
「こちらをミラさんの安全確保のためにお貸しします。」
「わあ…」
思わず声が漏れる。
大きめの盤面には宇宙のような深い青色が揺らめいていて、その中を淡く光る魚を模した長針と短針が静かに時を刻んでいる。
「こ、この時計は!フォーマルハウト社の最新型ガジェット、ピスケス019では!?発売前なのにどうして!」
アリシアが、色めきだって机に身を乗り出す。
「あ、先生こういうの詳しいんだ?」
リルが面白そうに言う。
「さすがメアリだね、どこから手に入れたの?」
「企業秘密ですよ、リルさん」
人差し指を立てて内緒、とポーズをしてみせるメアリ。
そして不思議そうに腕時計を眺めているミラに説明する。
「この時計は貴方のバイタル…健康状態などを先生に知らせる機能があります。肌身離さず身に着けていてくださいね」
そう言って腕時計を取り出し、ミラの左手に装着して金具を留める。
「あとの機能は先生の方が詳しそうですね。」
にこりと笑ってメアリは一歩下がってアリシアに譲る。
「そんなことは…あ、でもこの時計はすごい機能があってね…」
一瞬謙遜したアリシアだが、目は腕時計にくぎ付けだ。
すぐにミラに機能の説明を始めた。
「さて、持ち物は大体これでそろったかな。残りはアロウが調達しに行ってるけど…あ、来た来た」
あたりを見回したリルが、通りの向こうを指さす。


時折馬車も行き交う広い大通りの横道から、二頭の馬が現れた。
他の馬たちよりもいくぶん体格がよく、引き締まって見える立派な馬だ。
ミラもターミナルに向かう時に村の農耕馬が引く荷馬車に揺られてきたが、見栄えが全然違う。
「かっこいい…」
ぽかんと見上げている間に馬が目の前にやってきた。
黒毛の立派な馬にアロウがまたがり、もう一頭の栗毛の馬の手綱を引いている。
足並みをそろえてやってきた馬は、アロウが手綱を引くと蹄の音を響かせてぴたりと止まった。
「食料とかは積んである。いつでも出れるぞ」
ひらりと馬から飛び降り、アロウはリルに栗毛の馬の手綱を渡す。
「遅いじゃん」
「うるせ」
短く返すと、アロウはすたすたとミラに歩み寄る。
「これを持っておけ。…必要そうなものを入れておいた」
革製のストラップの先に、真っ赤なポシェットがぶらんと揺れた。
「目立つから迷子防止用だ」
不愛想に言い添える。
だが、ステッチが施されたポシェットはデザインも可愛らしい。
「わあ…!」
ミラは思わず声を上げてポシェットを手に取った。
アロウは黙ったままショルダーストラップをミラの首にそっとにかける。
「じゃあボクからはこれあげる」
アロウと入れ替わりにリルがやってきてミラの前に片膝をつく。
差し出したのは、白い綺麗な花飾り。
「お守りに。ルセアの花だよ。花言葉は"希望"」
そう言って、ミラの帽子にそっと挿す。
「キミの願いが叶いますように。」


準備が整ったため、一行は馬を引いて門を出た。
午後の日差しに照らされて、牧草地がいくつもの丘を越えて連なっている。
「親御さんからの連絡は間に合わなかったか…」
クロードが思案気につぶやいた。
「時間に余裕がありませんので先行して出発します。」
馬具を点検しながらアロウが答える。
「途中で連絡が入り了承が得られなければ、そこから自宅まで送り届けるようにしますので。」
「わかった、各所からの連絡の中継はこちらで行う。」
「承知しました」
アロウは軽く頭を下げる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
リルがミラを促す。
アリシアはまだ心配そうにミラの肩に手を添えている。
ミラはというと、さっき受け取った端末をまだいじっていて…
「ねえ、みんなの画像撮りたい!」
そう言って端末をアロウとリルに向けた。
黒毛の馬の鼻先を静かに撫でているアロウは、黒い装束に外套を羽織り、腰には古めかしい剣を帯びている。
一方で、栗毛の馬を引くリルは白を基調としたローブを羽織った魔術師然とした格好だ。
二人が並ぶさまは、なんだか物語の中から飛び出してきたみたいだとミラは思った。
「…いやもう出発するから」
端末を向けられたアロウがあとずさった。
「あれー?アロウ、まだ画像撮られるの苦手なんだ?昔の人だねえ」
「苦手なもんは苦手なんだよ…お前またサンドイッチ突っ込まれたいのか」
じろりとリルを睨みつけるが、リルはどこ吹く風といった様子だ。
「…歴史劇に出てくる人みたい」
ミラはぱちくりと目を瞬かせる。
アロウの物言いは、時折近所の軍人上がりのおじいちゃんのようなところがある。
「うっ…わかった撮っていい」
「あ、じゃあ出発前の記念ということで私が撮りますね!ミラちゃんも入って!」
観念した様子のアロウが渋々といった感じで戻ってきて、アリシアがミラから端末を受け取って構える。
「いいですかー?3,2,1。はい!」
かしゃり。
機械が軽い音を立て、画像が記録される。
「はい、撮れましたよ」
アリシアが端末を差し出し、3人がのぞき込む。
「先生ありがとう!」
「うわ、アロウの顔がこわいよこれ」
「…元からだから仕方ないだろ」
「自覚あるんだ。っていたい!」
アロウがギュッとリルの頬を引っ張った。
「…ふふ」
ミラが笑う。
「なかよしなんですね!」
「「ちがう!!」」
異口同音に二人は否定し、あまりのタイミングの良さに、その場の全員が笑ったのだった。


「ではわたくしたちはここで失礼します。道中お気をつけて」
メアリが会釈し、クロードは短く告げる。
「頼むぞ」
アロウとリルはそれぞれ馬に乗る。
「次の町で連絡します」
「ま、大丈夫だって。気楽に行こう」
ミラはリュックの最後の点検をしていた。
一番上に、紙ばさみに綴じられた書類がある。
そこにはこれから向かう南部地方都市アストロニクスにある、私立の天文魔法学校―アストロノア魔法学院の学校案内があった。
星をデザインした校章の箔押しが日の光にきらりと光る。
「帰ってくるときには、きっと…」
この校章を手に入れる確かな手ごたえがきっとあるはず。
決意を胸に、リュックの口をぎゅっと閉じる。
「ミラ!おいで!」
リルの透き通った声が響く。
振り返ると、初めて会った時と同じ宝石のような緑の瞳がこちらを見つめていた。
ミラは差し出された腕に手を伸ばす。
―きっと大丈夫。
なぜだかそう思えた。
アリシアがミラを抱え上げてリルへと渡す。
「どうかミラさんをよろしくお願いします。」
「任せて」
華奢な見た目に反して意外としっかりした腕に引き上げられ、ミラはリュックごとリルの前に乗せられる。
「それじゃあ、行くぞ」
アロウが馬首をめぐらせ、出発する。
「行ってらっしゃい!」
アリシアがめいっぱいに手を振って見送っている。
今日、2回目の旅立ちだ。
「先生、行ってきます!」
ミラも振り返り、大きく手を振った。

―南の星を目指して。
3人の旅が始まった。