第6話 ミラの願い
「では、詳細を詰めましょう。」
そう言ってクロードは一同を見渡す。
「まず…目的地へお連れできるのはミラさんだけとなります。」
「えっ!」
「どうしてですか!?」
ミラはびっくりし、アリシアはクロードに問いかける。
「道中が危険すぎるからです。」
シンプルな言葉に、にぎやかなカフェの真ん中で場の空気がしん、と沈む。
「…そんなに危険なんですか?」
「今回移動にはラプラス・ゲートを使用します。ゲート開門時には魔力が放出されますので周辺の魔物が活性化します。」
クロードが答え、それをアロウが引き継ぐ。
「ミラさん一人であれば、俺が抱えて退避します。先生が同行される場合は、ご自身の身をある程度守れることが条件です。」
アリシアはアロウの顔を見返す。
鋼色の瞳は静かで、特に否定も肯定もしていない。
行くといえば否定はしないだろう。
だが、彼の頬に走る獣の爪痕のような3本の傷を見ると、アリシアは言葉に詰まってしまった。
できれば生徒をたった一人で初対面の人たちに引き渡したくはない。
けれど、アリシアはただの新任講師で、自衛手段はない。
ここはもう、ミラの気持ちに任せるしかなさそうだった。
「…わかりました。」
ふり絞るように言い、アリシアはミラへと向きなおる。
その小さな手を取って、アリシアは言った。
「ミラちゃん、先生が一緒に行けなくても、試験に行きたい?」
「……行く」
ミラの瞳は思いがけない話に揺れていたが、それでもはっきりと答えた。
がたん、と音を立ててアロウが椅子を立った。
そしてミラの前に来て膝をつき、目線を合わせて問いかける。
「目指したい学問があるとしても、試験は今年だけじゃない。進路も一つではないはずだ。…どうしても今じゃなきゃだめか?」
「…でも私、試験のためにずっと天文学のお勉強、頑張ってきたんだよ!」
ミラは視線を足元に落とす。今にもまた涙が零れ落ちそうだった。
「試験を受けれないままで終わっちゃうのは…やだよ」
「そこまでして天文魔法を目指す理由、聞いてもいいかな?」
それまで黙っていたリルの声がふいに響く。
彼は机の上の紙ナプキンを弄びながら、興味深そうにミラを見つめた。
「そんなに面白い学問なの?」
「きれいなんだもん!」
ばっと顔を上げてミラが叫ぶ。
「"大流星の夜"、すっごくきれいだった!あれがどこから来るか知りたい!!」
脳裏に浮かぶのは、小さい頃見た、あの日の光景。
空は波打ち、雲は色とりどりに光り、そして流星が降り注ぐ―
少しでも早く、あの光に追いつきたい。
だから今、試験を受けたいのだ。
でもミラの小さな胸はもういっぱいで、それ以上言葉にならなかった。
そんなミラを見つめるリルの目は、どこか遠いものを見るようなまなざしだった。
「……ふうん。まあ、いいんじゃない?」
言うと、リルは手元でいじっていた紙ナプキンを、ミラにぽいと投げてよこす。
「…アヒル?」
それはいつの間にか器用にアヒルの形に折られていた。
「魔法みたい。」
ミラがぽつりと漏らす。
「そうだよ、ボクは魔法使い。お願い事なら聞いてあげよう。」
ふふん、と得意げにリルが笑う。
アロウがため息をついて、立ち上がる。
「じゃあしっかり働いてくれよ、魔法使い殿。」
そしてミラの頭をふわっとなでると告げたのだった。
「悪かった。軽い気持ちじゃないことはわかった。…一緒に行こう。」
「…以上で一通りの説明となります。ご不明な点がございましたら協会の窓口へご連絡ください。」
クロードが話を締めくくり、メアリは鞄に書類をしまっている。
大人たちの話し合いが終わり、ミラはホッとして椅子を滑り降りた。
これで試験に向かうことができる。
その肩を、リルがポンと叩く。
「じゃあ、次のところへ行こうか。」
「どこに?」
不思議そうに見上げるミラに、リルは内緒、のポーズをして答える。
「いいとこだよー。ねえメアリ、頼んだもの用意できてる?」
「相変わらずですね、リルさん…ちゃんと手配しておりますよ。」
振り返ったメアリはちょっとあきれた様子でそう言って、ポケットからカードを取り出しリルに渡す。
「サンキュー。アリシア先生も来てくれる?」
と、アリシアを手招き、リルはミラの手を取って立ち上がる。
「冒険するなら、準備しなきゃ。でしょ?」
そう言ってにっこり笑ったのだった。