月の光に間に合うように/早蕨足穂様
1
「行方不明、ですか?」
アロウは器用に片方の眉を上げた。鋼色の瞳は訝しむような色を帯び、クロード・バルクロフトを見据えている。
「そうだ」と頷き、クロードは腕を組んだ。
全国便利屋事業者協会は、冒険者に限らず幅広く人材派遣を行なっている組織である。支部長であるクロードは、アロウに仕事を紹介してくれる重要な人物だった。
しかし今回は人材派遣――人助けとは少し異なるらしい。
行方不明者の捜索。人助けではあるけれども、少なくとも些細なお使いなどの、人材派遣ではない。アロウは隣に同席しているリルを一瞥し、クロードが続きを話してくれるのを待った。
「収穫祭の準備中の村で、子どもが行方不明になった」
「迷子ってこと?」リルが口を挟む。
「ある意味では、そうだと言える。霧の中に入っていって戻らなくなった、という情報が提供されている」
「村に行って、子どもを見つける――問題ありません」
アロウは頷いて立ち上がった。隣では、リルが呑気に見上げている。付いてくる気はあるのだろうが、と当たり前にアロウはそう思っていた。
「では、委細よろしく」
クロードとアロウたちはその場で解散となり、各々会計をしてカフェを後にした。店員はアロウの目つきの悪さにやや怯えていたようだったが、リルのフォロー――と言うより、そこに在るだけで人を惹きつける美貌――で、ことなきを得ていた。ボクのおかげだね、とのたまうリルに、アロウは反論できなかった。
新しい依頼だ。仕事があることに感謝しつつ、アロウはリルと連れ立って街から村へと移動することにした。
となれば、移動手段を確保しなくてはならない。馬車を使うか、あるいは徒歩で向かうか。今の自分たちの懐事情を考えると徒歩一択ではあるが、クロードが言うには村はそれなりに遠いらしい。加えて、鉄道も通っていないような辺鄙なところにあるようだ。
「馬車がいいなー」
リルはぼやいた。「歩いてもいいけど、その子を捜してどれくらい歩くかわからないんだし。少しでも温存しておいたほうがいいんじゃない?」
一理ある。アロウもリルも体力がないわけではないが、無限でもない。食費を削れば、馬車代くらいは捻出できる。
……リルが満腹になるまで食べたりしなければ。
「馬車にするか」
「やった。じゃ、ボク交渉してくるね!」
にこにこと上機嫌で馬車を探しに行くリルの背中を見ながら、アロウはふうと人知れず息をついた。
「……風魔法で飛ぶとか言い出さなくて、助かった」
免停など、ぞっとしない話である。
2
その村は開かれており、人々はみな二人に好意的だった。収穫祭が一大イベントとして認知されているために、観光もそれに頼っており、怪我人や死人、行方不明者が出れば、外からの印象が悪くなってしまうのだという。そうでなくとも、子どもは村の宝だから、早く見つけてやってほしい――村長の言い分はそんなところだった。そして、二人も概ねその意見に賛成だった。
木造りの家々は牧歌的な雰囲気を漂わせていた。窓枠を縁取るように飾られた色とりどりの花や、屋根の破風同士を繋ぐフラッグガーランドは、いかにも祭りの前夜といた様相を呈している。
「――で、だ」
アロウはため息をついた。あてがってもらった村の宿屋の部屋で、二人はそれぞれ自分のベッドに腰かけていた。
「外れの森の霧は、ここ数年晴れたことがないらしい」
「みたいだね。ボクが調べた限りでも、そんな感じ」
リルは足をぱたぱたさせながら答え、アロウに同意する。
村の外れにある森は、いつなんどきも濃い霧が立ち込めているらしかった。村人はみな口々に同じことを言ったし、中にはあの森には魔物が出るのだと怯えている者もいた。
「あの森、遠くから見た感じだけど……魔物もいると思う。濃い魔力が満ちてて、魔物が活性化する下地ができてる」
「そうか。となると、早く見つけてやらないとな」
方向感覚を失わせる霧がある上、魔物までいるとなれば子どもでは一溜まりもない。早く見つけてやらなければ、連れて帰れたとしても物言わぬ骸となってしまうだろう。
アロウは寝台を下り、剣を腰に佩いた。青い石の鞘飾りが揺れている。リルはそれを見て満足そうにわずかに目を細め、自らの左耳に軽く触れた。銀色の台座に嵌め込まれた青い石のピアスは、アロウの鞘飾りと対の石で作られている。リルがアロウに「持ってて」と手渡したものだ。
ラプラス・ゲートが開門する際には、魔力が放出されて周辺の魔物が活性化する現象が起こる。あの霧の森でも、似たような現象が起こっているとリルは言う。
二人は宿屋を後にし、村から少し離れた場所にある森へ向かった。近づくごとに霧が濃くなっていくのがわかる。魔力は肌を刺激し、魔物か単なる動物か、生き物が木々や茂みを移動するガサガサという音が耳朶を打つ。
おどろおどろしい森を前にしても、アロウは全く動じていなかった。これよりもひどい修羅場を潜り抜けたことは何度もあったし、そもそも幽霊の類いは身近なものであるので、そちらであっても全く怖くない。
「夜ご飯までには帰してあげようね」
「そうだな」
一歩、足を踏み入れる。
霧が濃すぎて何も見えない。自分の手が辛うじて見える程度で、リルの姿もよく見えなかった。このぶんではただの子どもなど、容易く迷子になってしまう。
――瞬間。
「右!」
「ああ」
アロウの右手側から現れた狼を、刃を納めたまま鞘で撲る。空腹か、あるいは濃い魔力に当てられて襲いかかってきたのだろう。転がり、体勢を立て直して低く唸る狼に、アロウは眉間の皺をいっそう深くした。
睨みつける。視線を外さない。目を逸らせば、また飛びかかってくるに違いなかった。アロウの鋭い目つきを受け、狼は耳を後ろに倒すと、尻尾を巻いて逃げていった。
ふう、と息を吐いて視線を前方へ戻す。
「……あ。見て、あれ」
リルは獣道に落ちている何かを指さし、そちらへ歩みを進める。アロウもその後に続いた。すぐについていかなければ、はぐれてしまう。
細い指が拾い上げたのは、護符。確か、村の人が祀っている神の加護を込めたものだったはず。アロウは無意識に鞘飾りに触れ、同じものだと思う。護符やお守りの類いは、持ち主を想って贈られる、あるいは自ら購入するものだ。危険な目に遭ってほしくない。危険な目に遭いたくない。子どもであれば前者だろう。
「あっちは……靴か」
アロウはそう遠くない距離に落ちている靴の片方に目をやり、呟いた。迷子になりつつあると気づいた子どもが、目印にわざと落としながら出口を目指したのだろうか。
拾い上げて、先に進む。
やがて二人は、もう片方の靴が落ちている場所にたどり着いた。周囲を見渡すと、少し降りたところに洞窟があることに気づく。アロウはリルと顔を見合わせ、迷わず傾斜地を飛び降りた。
洞窟の中には、霧も入り込んではいなかった。枯れ枝を踏めば、ぱきりと音が鳴る。子どもの名前を呼びながら、リルがひょこりと洞窟を覗き込む。
「いるー?」
「答えられないかもしれないだろ。中まで確認すべきだ」
「ま、そうだね」
魔物が棲んでいるとも限らない。アロウは剣の柄に手をかけながら、洞窟の奥へ足を踏み入れた。リルの足音が、背後から続く。
ややあって、目が暗闇に慣れてきたころ、洞窟の最奥に至ることができた。岩肌の露出した壁に、子どもが一人、もたれて倒れている。浅い呼吸がアロウの耳に届く。血が流れている様子はない。疲労と空腹だろうか。
そばに、祠があった。朽ち果てていて、何を祀っていたかさえも定かではない。蔦が這い、ひび割れ、崩れかけている。隣で、リルが「うん」と頷いた。
「霧の原因はこれのはず。この祠が、魔力が噴き出すのを抑えてたけど――誰も維持しないから壊れかけて、森には霧が充満してしまった。この子がこの森に迷い込んだのは、祠に呼ばれたからじゃないかな」
「そうだとしても、今はそれどころじないだろうが」
アロウは少年を抱き起こし、顔色を確かめる。唇は紫色になっているが、それ以外に目立った異常はなかった。
「大丈夫か?」
「う、……だ、だれ……?」
少年はうすらと目を開け、アロウの顔を見るなり驚いて身をよじった。リルが顔を覗き込み、優しく声をかける。
「大丈夫。ボクたちはキミを助けに来ただけだから」
にこり、笑ってみせれば少年は安堵の息を漏らす。
アロウは持ってきていた携帯食糧を少年に手渡し、勢いよくがっつく彼を見て、もっと持てきてやればよかった、と思う。少年の霞んでいた瞳にはみるみる生気が宿って、自分で歩けるまでになった。
「歩けそう? 歩けなかったら、彼におんぶしてもらおう」
「ううん、歩ける」
少年はアロウを一瞥し、ぶんぶんと を横に振る。また怖がられているのだろうな、と思ったが、別段気にするようなことでもない。アロウは「そうか」と頷いた。そんなことより、少年に自分で歩ける気力が残っていることのほうが喜ばしかった。
「夕飯までには間に合いそうだな」
「だね」
リルとアロウは互いに微笑み合った。リルの銀色の髪がさらりと揺れ、霧に溶ける。それから彼は祠のほうへ走っていき、ぼろぼろの屋根に手を置いた。時間が巻き戻るように、地面に散らばった建材の名残りが、元ある場所へと戻っていく。同時に、光が一帯を満たした。
「わぁ……!」
かたく目をつむった少年が、ゆっくり目蓋を持ち上げる。アロウは彼が子どもらしく感嘆の声を上げるのを、聞き漏らさなかった。
霧が、晴れている。リルの魔法で、祠が元の役割を果たせるよう補修したのだ。
「お待たせ」とリルは手を振って笑った。「行こう」
霧の晴れた森は、青々とした木が茂る、どこにでもある普通の土地だった。少年はよほど嬉しいのか跳ねるように先駆けて走っていき、アロウは呆れながら、リルは笑いながら、それを追いかける羽目になった。
3
――月光荘。
アロウ、リル、フィリーの三人が暮らす、それなりに広い洋館の名前である。なぜかアロウが管理人の代わりをさせられていることを除けば、楽しい暮らしだと言えた。無論、頭痛の種はそこかしこに転がっているが。
「ただいま!」
フィリーの声がする。
「おかえり」
アロウは顔を上げ、飲み物の入ったグラスを置いた。
同居人のフィリーは、大学に飛び級で入った優秀な研究者の少女だ。財布をなくしアルバイトをする羽目になっていたアロウとリルと街で再会し、紆余曲折あって同居することになった。
「おかえりー」
リルも顔を上げてひらひらと手を振り、書類仕事に戻る。グラスに入った氷が溶けて、カランと音を立てた。
「あ、報告書書いてる。仕事してきたの?」
「もちろん」ぶい、と二本の指を立てるリル。
「ただの迷子捜しだ。フィリーこそ、遅かったな」
「ちょっと研究が立て込んじゃってね」
彼女は鞄を置いて、ソファの背もたれに頬杖をつくと、ふうとため息を吐いた。どうやら疲れているらしい。
「えー、じゃあごはん食べに行こうよ、アロウの奢りで」
軽い調子で言うリルに、アロウの眉間が狭まる。一体、何が「じゃあ」なのか。いや、疲れているなら外食でもしてご褒美にしよう、ということではあるのだろうが。
「なんだってお前はそう、いつも軽いんだ……」
アロウの懐事情、月光荘の家計事情を知らないわけでもあるまいに、リルはいつも軽薄に提案を口にする。
「真剣に言えば奢ってくれるってこと?」
くすくすと笑うリルは悪戯子のよう。アロウの呆れた顔にも悪びれる様子はない。もう慣れたが、ため息は出る。
「ちょっとくらいなら、あたしが出すよ」
「いやいい、俺が出す。けど、予算は千ベル以内で頼む。くれぐれも」アロウはリルにじっとりした視線を向ける。
「善処しまーす」
「お前なあ……!」
いよいよ拳を握り始めたアロウの耳に、フィリーの笑い声が届いた。アロウはまたため息をつくと、立ち上がってグラスを片づける。
「ほら、行くぞ」
リルも書いていた報告書から離れ、ペンを置き、上機嫌さを隠そうともしないでくるりと回る。相変わらず、裸足だった。フィリーも大学に持って行っていた鞄から必要なものだけを抜き取り、常用している別の鞄へ詰め替える。
無事に夕食に間に合った三人は月光の下、仕事や研究を頑張ったご褒美として――街へ繰り出すのだった。
うちの子の!二次創作小説です!!(大興奮)
自分の脳内にしかいなかった子たちが他の方に認識されて動き出すのってよくないですか?私は大好き!
というわけで。
早蕨足穂様(@Taruho_Sawarabi)にSKIMAでご依頼してうちの子の二次創作小説を書いていただいたものです!
もう冒頭数行でご依頼してよかった…!ってなりました。
依頼を受けてお仕事してるうちの子の日常!!最高です!
しかもこれ、数行おきに本編・外伝さらにはSNSで出してあったうちの子の情報がちりばめられているんです。再現度がすごい!!
出かけて行って、ちょっとした戦闘があって、アロウが無駄にこわがられて(笑・いつものことです)、リルが軽すぎる態度で気ままにふるまう。
キャラクターが生きてる感じがします…!
納品もめちゃくちゃ早かったのも驚きました。
元ネタを拾われてる文章の量を考えると読むのも、筆もめちゃくちゃ早くて。
お仕事として小説書きをされている方の力量ってすごいなあ…と感じ入りました。
うちの子の素敵なお話をありがとうございました!
早蕨様の一次創作小説はカクヨムで読めますのでこちらも是非!
https://kakuyomu.jp/users/sawarabitaruho/works