第4話 特別ルート・ラプラスの門

4人はターミナル内のカフェに移動した。
ざわざわと行き交う人の気配の中、注文の品が届くまでの間に簡単に自己紹介を済ませる。
お互いに目的地は同じであること、ミラは試験のため4日後の朝までに南部地方都市アストロニクスの天文魔法学校へたどり着かなければならないこと。
話を聞いたアロウは、荷物から地図を取り出すと机の中央に広げる。
「わあ…」
ミラは思わず声を上げる。
大陸地図だ。
もちろん教科書で見たことはあるが、使い込まれてあちこちに書き込みのある地図には旅の実感がこもっていて心が鳴る。
その地図にアロウはどん、と手を置いて宣言した。
「まず、最初に確認しておきたいことがある」
低音の迫力に思わず息を呑むアリシアとミラ。
いったいなんだろう?
「親御さんの確認は、取ったのか?」
「あっ」
とアリシアが口を押さえる。
トラブル続きで完全に頭が回っていなかった。
ミラはぱちぱちと目を瞬かせる。
先生がいるから、大丈夫じゃないの?
けれど、それは子どもの理屈だった。
だが、そこに同意見の者がもう一人いた。
「えーそんな細かいとこ、後でよくない?」 
ドリンクに乗ったホイップをかき混ぜながらリルがのほほんと言う。
アロウは頭痛を抑えるように頭に手を当てて言う。
「全然細かくない!あのな、勝手に別ルートで連れ出したら下手すりゃ誘拐犯だぞ」
「でもさー」
ため息をついたアロウは、
「お前はもう黙って食っててくれ」と自分の手付かずのサンドイッチをリルの口に突っ込む。
「むぐぅ、いひゃらきます…」
「食いながらしゃべるな」
リルの前にはいつの間にかすでに空となったスイーツの皿が2枚重ねられていた。すごい早業だ。
ミラはぽかんとしてリルを眺めている。
こほん、と咳払いをしてアロウはあらためてアリシアの方へ向き直る。
「アリシア先生、親御さんへ連絡は取れますか?」
「はっ、はい!」
丁寧語に切り替え、それは仕事をする人間の顔だった。
ミラと一緒にリルに気を取られていたアリシアは、はっとして、慌てて鞄を探る。
引っ張り出したのは生徒の連絡先一覧。
「ただ、この子の家は郊外で、通信端末もお持ちではないですから…伝送魔法を使っても2時間くらいはかかるかと。」
「塾の本部にも確認が必要でしょう。先生は連絡をお願いします。俺たちは返事を待つ間に別ルートがあるか調べてみます。」
「あ、2時間あるの?じゃあ追加のケーキ頼んでいーい?」
喜ぶリルの口に、アロウはまたサンドイッチを突っ込んで黙らせる。
「…まだたべるの?」
ミラは目をさらにまんまるにしたのだった。

アリシアが通信端末で各所へ連絡を取り始める。
アロウは地図と一緒に取り出しておいた、折りたたまれた紙を無造作に隣のリルの方へ突き出した。
「リル、頼む」
「ふぁい」
ぺろりとサンドイッチを平らげたリルが、紙を地図の上に重ねるようにして広げる。
それは細かい数字がびっしり印刷された紙だった。
ミラにとってははじめて見るものだ。
「これなあに?」
のぞき込むミラにリルが説明する。
「これは鉄道時刻表だよ」
「時刻表って、駅に置いてある?」
自分の知っている時刻表とは違うものに、どう読めばいいのかわからなくてミラは眉を寄せる。
数字がいっぱいだ。
「そうそう。これはその時刻表の、全部の駅の分を集めたものだね」
そう言って紙の上に手を滑らせる。
「キミが向かう学校の最寄り駅は、アストロニクス中央駅だ。試験に間に合う時刻に到着する列車を調べよう―ここだ。」
そう言ってアストロニクス中央駅と書かれた列を示す。
「ここからさかのぼって、この列車の出発時刻を調べるね。」
リルはポケットから紙とペンを取り出すと、さらさらと文字と数字を書き出していく。

×南岳鉄道経由 11時17分発
×東方旅客鉄道→北南丘陵線 9時42分発

「飛行艇なら数時間だけど、鉄道乗り継ぎは最短で4日だ。乗り継ぎを考えるとこのルートは使えなくて…もうほとんど出たあとだ」
いくつか書き出したものにバツをつけていき、残ったものは、ひとつ。

△南直急行線 12時57分発(12分後)

「最後の便がもうすぐ出る。」
「そんな…早く行かないと!」
慌ててミラが立ち上がろうとするが、その前をアロウの太い腕が遮る。
「10分ちょっとしかないんじゃ、ターミナルが広すぎて出口に着くのがやっとだぞ」
端末を操作しながら、片手でひょいっとミラを椅子へと戻してしまう。
「風魔法で飛べば間に合うよ?」
地図の上に頬杖をついて、リルが提案する。
「お前風魔法の免許持ってないだろ。一発免停くらいたいのか」
間に合うのか、間に合わないのか。
ジリジリしながらミラは、話し合う2人を見上げている。
「えーバレなきゃいいじゃん」
なんかすごいこと言ってる。
「子供の前だぞ、自重してくれ」
こめかみを抑えながらアロウが疲れた顔で言う。
……なんだかこの人、いつも大変そう。
一瞬自分の焦りも忘れてミラはアロウに同情してしまった。

アリシアが通話を終えて端末をしまう。
「塾本部からは私の引率で別ルートで向かう許可は出ました。」
「よかったね」
リルがミラの帽子をぽんぽんと叩く。
この場で望みが絶たれずに済んで、ミラもホッとして顔を緩める。
でも、問題は時間だ。
「先生、列車がもう出ちゃう!どうしよう!」
「えっ、それならすぐに出ましょう!何時発ですか!?」
アリシアは慌ててリルとアロウに尋ねる。
「あー、それなんですが……時間が厳しいので、他の方法を」
「他の方法……?」
アリシアはオウム返しに聞き返す。
鉄道がもう間に合わないとして、それより速い交通手段なんてあっただろうか?
アロウは隣のリルに声をかける
「リル。あれ使うけど、いいな?」
「えー…まあいいけどー。あとでクッキー買って」
気の抜ける返事にアロウはがっくり頭を落とした。 
それでも―もう、選択肢はひとつしかなかった。

《ラプラス・ゲート》
星の力の満ちるその場所は、一定周期で対になる門との間に共鳴による転送現象を引き起こす。
これを利用して二地点間の移動を可能にする―

「ただ、ラプラス・ゲートってだいたい辺鄙な場所にあるんだよねー」
そう言ってリルはストローでずずずと音を立ててドリンクの残りを吸い上げた。
お行儀が悪いなあ、とミラはじーっとリルを観察している。この人、見た目はきれいなのになんだかすごく、こどもっぽい。へんな人。
リルは、片手でペンを取り上げ地図に走らせる。
「今の暦なら…こことーここ、あとはこっち。ちょうど転送現象が起こるゲートを繋げば―」
3箇所に記号を書き込み、それぞれの対となる箇所にも印を付け、線で結ぶ。
「これで経路の90%はショートカットできる。ゲートの開門時間を考慮して、行程はこう」
ミラが見ている間に、まるで魔法のように行程図が出来上がっていく。

一日目:ターミナル→(移動)→フォトス村(補給)→ゲート→(キャンプ)
二日目:(移動)→ゲート→レーテ橋→(移動)→(キャンプ)
三日目:(移動)→プロウス村→ゲート→ティト市(宿泊)
四日目:(列車移動)→試験

「これなら間に合うはず。でも、移動の基本は陸路だよ。それでも行く?」
リルはその緑の瞳でミラを覗き込む。
「行く!」ミラはぴょこんと椅子を飛び降りる。
「私、試験に受かって、天文魔法の勉強するんだもん!ぜったい!!」
今にも飛び出していきそうな勢いのミラを、アロウがまたひょいと片手で連れ戻す。
「陸路移動って楽じゃないぞ。馬か徒歩になる。わかってるか?」
「大丈夫だもん!ね、先生!」
アリシアはアロウからミラを渡されてまた椅子に座らせながら、思案顔をする。
「確かに距離は短縮できそうですが…ラプラスゲートって、国が管理してますから旅行者申請しないと通れなかったはずです。今から申請しても間に合わないんじゃないでしょうか」
「申請なら済んでる。」
しれっとアロウが答えたその時、後ろから別の声がかかる。
「その申請の許可証なら、ここにありますよ。」
誰だろう?
ミラが振り向くと、スーツを着た灰色の髪の紳士が、秘書然とした女性を連れて立っていた。
「人使いが荒いね、アロウ君。君には後で話がある」
「……すみません、支部長」
立ち上がって頭を下げるアロウを横目に、リルはペンをくるくる回しながら呟いた。
「これでルートは決定だね」